『そうだ! キムタクにラジコンを贈ろう』プロジェクト Vol.2

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【前回までのあらすじ】
ラジコンは「恥ずかしい趣味」か?
この発言に端を発した論争はRC界を揺るがし、
「ラジコンの地位向上」を訴える声が世間に満ち満ちた。
そこでRC-ENT!』とそれを率いる編集長 U.K.は、一つの秘策を胸に立ち上がる。
その秘策とは『そうだ! キムタクにラジコンを贈ろう』プロジェクト。
果たしてそのプロジェクトの中身とは?
そしてラジコンの地位向上は達成されるか…!?

スーパースター・木村拓哉の力で革命を!

『そうだ! キムタクにラジコンを贈ろう』プロジェクト。

それは若者からオバチャンまで絶大な支持を集め、世の中に対して大きな影響力を持つスーパースター・木村拓哉の力で、ラジコンそのもののイメージを根本から覆そうという、ある種革命にも似た試みである。

革命には入念な下準備が必要だ。
まずはこのプロジェクトの最大のキーマンである木村拓哉のプロフィールから調べてみることにしよう。

木村拓哉 Takuya Kimura

●生年月日

1972年11月13日

●血液型

O型

●出身地

東京都

(Johnnys net:アーティストプロフィールより)

なんと、ジャニーズの公式サイトにはこれだけの情報しか載っていなかった。

が、我々にとってもっとも重要な情報は入手することができた。

それは「生年」である。

木村拓哉は1973年生まれ。

この情報は本プロジェクトにとって重要な意味を持つ。

なぜならこのことから、80年代にわき起こった “あの”「バギーブーム」の洗礼を、彼も受けている可能性が高いと推察されるからだ。

計算でいけば、80年バギーブームの火付け役・マイティフロッグがタミヤから発売された1983年、木村少年はちょうど10歳、小学校4~5年生ということになる。

まさに『ラジコンボーイ』直撃世代!

さらに調べていくと、木村拓哉の芸能活動が本格化するのは1987年、「スケートボーイズ」というユニットを結成した辺り、つまり15歳ぐらいからということになる。

ということは、小学校~中学校1、2年生まではごく普通の少年だったということだろう。

1980年代前半のごく普通の少年で、あのバギーブームを経験してない者などいるだろうか?

これで最大の懸案は片付いた。

ラジコンバギーブーム直撃世代が、当時のバギーを目の前にしたら?

・・・・・そりゃ走らせるわな~。

となれば、必然的に贈るラジコンも決まってくる。

バギーブームの火付け役・マイティフロッグの復刻版、しかも完成済みRTRでサイズも値段も手頃な

『タムテックギア・マイティフロッグ』

これしかない!

さて、あとはどうやって相手の手元まで届けるか…。

その辺りはまた、次回以降の更新で。

(文責:編集長 U.K.)